10連休で教務所が使用できないので、懇親会の会場になっているお店に無理を言って部屋を貸していただき、総会を開催した。総会議事に続いて、6月11日の「全国布教大会」の準備について詳しく確認しあった後、懇親会でお互いに交流を深めあった。
昨年から子どもの参加はゼロになって、大人(昔のこども)だけになったが、開催だけは続けている。今年は8人の参加者で「おしゃかさま物語」のDVDを鑑賞し、茶話会を楽しんだ。
蓮の植え替え作業と仏教壮年会の総会に出席した後、大阪・堺市の病院を訪ねる。90歳の叔母が今朝発熱などで緊急に入院したと連絡があったため。病室で点滴中の叔母は吐き気が治まらず、気分が悪そうだった。身元引受人として入院の手続きなどを済ませて帰宅。
このところの温かさで藤が咲き始めている。棚がなくて形はよくないが、花は美しい。元は鉢植えだったがここに根を下ろして勢いが出てきた感じがする。
水生植物の専門店で生産直売をやっている京都府城陽市の「杜若園芸」を訪ねた。この週末に仏教壮年会の行事として境内の蓮の植え替え作業を予定しているので、準備として土の調達から始めた。今年の植え替えでは、田んぼの土と赤玉土をブレンドして使用する予定である。
大津市長等3丁目の本福寺(三上元之住職)で長男・真之氏の結婚式があり、司婚を務めた。真之氏は「おうみ法の友」の編集委員として一緒に仕事をしている間柄で、お父上の住職・元之氏は同じ布教使仲間の先輩という関係で、司婚を依頼された。初めての経験で作法はぎこちなかったが、何とか大役を果たせたと思っている。
真之氏のお相手は大阪・貝塚市の真宗寺院の長女・Sさん。午後2時から本堂で仏前結婚式が行われた。写真は準備の整った本堂の様子。
結婚披露宴は京都のウエスティン都ホテルで行われた。
最後に御礼の挨拶をされた真之氏のスピーチの上手さに驚いたのは私だけではなかった。余興にも工夫があり、素晴らしい披露宴だった。
司婚者として結婚式を執り行う場面。
結婚式終了後の記念写真
披露宴で記念撮影
毎年この時期に勤められる永代経法要に出講。19日と20日の2日で3座3席の法話をさせていただいた。熱心なお同行が多く、こちらが学ばせていただくことも多い。
午前午後各2席の法話を行う。4年ぶりの常例法座出講だった。別の法座をお聴聞された方の姿もあり、講師の名前を聞いてお聴聞に来てくれたと思うと有り難く思った。
創建当時の瓦が別院の沿革とともに境内に展示されている。
同じ甲賀組の法中として参勤した。記念法話の講師は全国布教同志会の会友である御厨得雄師だった。
明日も報恩講法要に参勤する。
全国各地から門徒の方が納骨に来られているが、住職が同行して来るのは意外と少ない。
納骨に行くと必ずお参りする明著堂。得度習礼のとき、最終日に受講生を代表して焼香させていただいた場所で懐かしい。
明石の「魚の棚」商店街で買い物と食事をするつもりであったが、木曜日は魚屋さんが休日と聞かされ、仕方なく御津まで足を伸ばした。
この3日ほどの温かさで、杣川堤の桜はほぼ満開になった。この日は年回法要が2件、墓地納骨が1件あり。咳はほぼ収まったが、声はガラガラ声のままで申し訳なかった。
竜王町の寺院を訪問後、守山市の琵琶湖に近い寺院を訪ねる。天気が良かったので良い写真が撮れるかと思い琵琶湖畔に向かう。
桜はまだ三分から五分咲きの状態だった。
県議選の期日前投票には杣川沿いの桜を眺めながら歩いて行く。桜は木によっては八分咲きのようなものもあったが、全体としてはまだまだ三分咲き程度だ。
「おうみ法の友」の編集委員で修復工事中の本願寺・飛雲閣を見学させてもらうことになり、編集委員6人が参加した。ちょうど一週間ほど前に屋根の葺き替えが終わったところだ。屋根は長野県産の椹(さわら)の木を用いたこけら葺きという。国宝である飛雲閣の修理には国から費用の助成があるそうで、多くの人に知ってもらう必要があるので、今回の取材も許された経緯がる。水のない池に入って、正面入り口に当たる船着き場の構造を知るなど、今しか見ることのできない貴重な経験をさせてもらった。来年の3月には飛雲閣の修復工事はすべて終わるという。来年の降誕会では飛雲閣でお茶が飲めるかも知れない。
4月に入ってから寒い日が続いている。開きかけた桜の蕾が震え上がっているようだ。5月1日からの新元号が「令和」と発表され、改元によるシステム変更作業が始まった。会計帳簿をあずかっている諸々の会の期末整理作業のため、しばらくは事務作業が多い。